学校長ブログ

 2週間ぶりのブログとなります。

 長い春休みを頂戴しましたが、2019年度も昨年度と同様に週に1回ブログを更新していきたいと思います。今年度も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 入学式の式辞で、

 北原照久氏の「未来は話した言葉で作られる。」という言葉を引いて、3月に大リーグを現役引退したイチロー選手が書いた小学校の卒業文集の一部を紹介しました。

 

 ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校でも全国大会へ出て、活躍しなければなりません。活躍できるようになるには、練習が必要です。ぼくは、その練習には自信があります。ぼくは3才の時から練習を始めています。

 

 

 

 そんなこともあってか、こんな新聞記事(2019・4・8)に目が留まりました。

 

 それは、8月に開幕する野球のU18ワールドカップに向けた高校日本代表による国際大会対策研修合宿に参加した世代トップの選手たちの衝撃についてです。

 

 

 岩手・大船渡の右腕、佐々木朗希ろうき(3年)が紅白戦で記録した高校生史上最速163キロの直球。捕手として受けていた岐阜・中京学院大中京の藤田健斗(3年)は、「『ぎゅううん』って感じでした。

 

 プロのスカウトのスピードガンが163キロを計測した球を打席で見た横浜の内海貴斗(3年)は、「外のボールだったと思うけど、ど真ん中でも振れなかったと思う」。石川・星稜の捕手山瀬慎之助(3年)も、打席で体感。「『ぎゅるるる』って感じで、うなってました」。

 

 佐々木本人は合宿を淡々と振り返った。「(奥川らから)『すごい』と言われましたけど、それはこっちのセリフなので。自分の実力はまだまだだと思っています」

 

 

 

 球の速さやその回転を「ぎゅううん」「ぎゅるるる」と表現しているのですが、未来に向けた選手たちの努力も「ぎゅううん」「ぎゅるるる」って感じなのだろうと思いました。

 

 生徒の皆さんには、自分の歩幅で未来を作っていって欲しいなと思っています。

…みんなで登山

 今回のブログで、一足早い春休みに入りたいと思います。

 

 何だよ。もう仕事しないのかよ。

 

 いえ、「ブログの春休み?」という意味ですよ。

 

 

 

 今回は、この春休みにもう一度読みたい一冊を紹介します。

 

 

 

 大人も子どもも忙しい毎日を過ごしています。つまり、こんな表現も可能なのかなと思います。

「時間を奪われる毎日である」と。

 

 

 

 六章 インチキで人をまるめこむ計算
 
 とてもとてもふしぎな、それでいてきわめて日常的にちじょうてきなひとつの秘密ひみつがあります。すべての人間はそれにかかわりあい、それをよく知っていますが、そのことを考えてみる人はほとんどいません。たいていの人はその分けまえをもらうだけもらって、それをいっこうにふしぎとも思わないのです。この秘密とは――それは時間です。

 時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。というのは、だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠えいえんの長さに感じられることもあれば、ぎゃくにほんの一瞬いっしゅんと思えることもあるからです。

 なぜならば、時間とはすなわち生活だからです。そして人間の生きる生活は、その人の心の中にあるからです。

 

 

 

 

 表紙には「時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」とあります。

 灰色の男たちは言葉たくみに人々から時間を盗んでいくんです。その男たちから不思議な力を持つ主人公の「モモ」(女の子)が奪われた時間を取り戻すというファンタジーです。

 

 

 

 あなたも読んでみませんか。『モモ』ミヒャエル・エンデ作(大島かおり訳)。

…みんなで登山

 「規範意識」って、難しい言葉ですよね。

 「社会のルールを守ろうとすること。」と言えば、大事だよねとうなずいていただけますね。

 

 

 

 先日、全国高等学校長協会の『会報』(第105号)に目を通していましたら、おやっと思う情報がありました。それをデータにすると以下の通りです。
 
 

 

 H22年度の②の数字を見て、直ぐ服装が乱れていたこととして思い浮かんだのは「ルーズソックス」でした。

 

 しかし、ルーズソックスが最も流行した時期は1993年~1998年。2000年代に入って、やっとそれを禁止する高校が増えていったようです。

 

 とすると、「ルーズソックス」が服装の乱れの原因ではないですね。

 

 

 もしかすると、女子高校生のスカート丈が原因だったでしょうか。

 

 

 
 
 本校の女子生徒の冬服は、”清楚で知的な紺のブレザーに、女性らしい赤系のチェックスカート”

 

 え、言葉では

 ・「清楚」

 ・「知的な紺のブレザー」

 ・「女性らしい赤系のチェックスカート」

も、全然伝わらない。
 
 そうですよね。興味の湧いた方は、こちらをクリックしてみて下さい。

 

 

本校の生徒は、①②③、よく守っていると思います。

…みんなで登山

 「英語4技能」って何ですか? 最近、よく見聞きしますが。

 

 

 そうですよね。

 確かに2020年度から実施される「大学入学共通テスト」に「英語4技能」評価が導入されるということで、頻繁に取り上げられる言葉ですね。

 

 英語において「何ができるようになるか」という技能、

つまり、

  ・「読む(reading)」

  ・「書く(writing)」

  ・「話す(speaking)」

  ・「聞く(listening)」

という4つを指す言葉なんですよ。

 

 

 学校においては、二つの教育の場面があるかなと思います。

 一つは、英語を「ツール」として扱う場面。もう一つは英語を「教育」として扱う場面です。

それらの場面が「行事」においては同時に展開されます。

 蛇足ながら「行事」は、学力の3要素を鍛えるという点においても重要ですね。

 

 

 

 中学校の「レシテーション&スピーチコンテスト」が、去る2月23日(土曜日)に行われました。
本校では、歴史を持つ行事なんですよ。

 

 

 コンテストの取組みについて、中学校の英語を担当している教員にその経緯を聞きました。

 

 <「レシテーション&スピーチコンテスト」実施のきっかけ>

 平成23年度に初めて、英語関連の外部団体である『英検フォーラム21』主催によるレシテーション・コンテストに参加しました。そこから3年連続で参加しました。都内私立26中学校によるコンテストで、どの中学校も英語のレベルが高く圧倒されました。
こうしたことがきっかけで、平成26年度以降は、本校でもレシテーション・コンテストを催しております。

 

 

 <貴重な経験の積み上げ>

 年々生徒のレベルが上がってきました。そこで、3年前からは「スピーチ部門」を導入することにしました。昨年は、タブレットを駆使して、映像を織り交ぜたプレゼンテーション的な部門にも挑戦する生徒がいました。

 少しずつですが、このような貴重な経験を積み上げることで、英語力の向上に繋がっていると感じています。

 長年、レシテーション・コンテストに係わってきた者として、生徒たちの「英語の発音」「イントネーション」「声の大きさ」「ジェスチャー」など様々な表現力が身についてきていることを実感しています。

 

 

 

みんなで登山していることを強く感じました。

…みんなで登山

 「恋は罪悪ですよ」。

 

 え!

 

 あなたはどう思いますか?

 

 

 今回は、<「私」-孤独->ということで、『最終レポート集』から生徒の文章をお届けしたいと思います。

 もし、ご興味のある方は、以下のブログもご覧ください。

 あの時読んだ『こころ』を今の生徒たちも「喜怒哀楽」を伴いながら読みこなしています。
 
・前回  https://www.teiseigakuen.ac.jp/senior/info/principal/detail.html?id=11340

     ~2月21日、今日は何の日?~

・前々回 https://www.teiseigakuen.ac.jp/senior/info/principal/detail.html?id=11322

     ~『こころ』-人間-~

 

 

 

   テーマ 私のエゴイズム  R・K

 『こころ』という作品を読んでみて、私は人間の心の汚さがとても丁寧に描かれているなと思いました。

 「私」と「K」はお嬢さんのことを同時に好きになるわけですが、「私」が「K」より有利になった瞬間、「彼の保管している要塞の地図を受け取って、彼の目の前でゆっくりそれを眺めることができたも同じでした。」という表現や「K」を裏切りお嬢さんに結婚の話を伝えることなどから、「私」がとてもずる賢いことがわかります。

 ですが、ずる賢い「こころ」というのには目をそむけたくなりますが、人間だれしもが持っているものなのです。そんな「こころ」を「私」を通して描いているこの作品は、人間の「こころ」の在り方、そしてその裏の汚さを考えさせられる作品だなと思いました。

 

 

 

 

   テーマ 「私」の自尊心  M・A

 「私」が最後まで貫いた自尊心が招いた結果は、決して良いものではなかった。

 私は、「私」がKに謝罪する機会を永久に失い、自分が今までしてきたことを罪悪感という気持ちで一生涯を過ごすことが、「私」の償いなのだと思っていた。だが、「私」は自分の過去を手紙に残し、Kと同じように自殺してしまう。この世に残されたお嬢さんの歩む道は、Kと「私」の気持ちを背負いながら生きていかなければならないだろう。結局、私は、「私」が最後まで貫いた自尊心が自分を責めた根源でもあり、また「私」の自尊心による死という結果は、苦しい道から逃げ、「私」の成長を感じられなかった悲しい結果だと思った。

 「私」のずるい心とKの素直な心は対照的で、まさに人間の心を写していると思った。

 

 

 

<「私」孤独->というワードで、生徒の学びを紹介しました。

 「こころ」を3度も取り上げましたが、お読みいただいた方々にはお礼申し上げます。

 「私」とKは共に、教養を身に付け自立した人間で、しかもお嬢さんに恋をします。「私」は恋の勝利者ではありますが、Kという親友を失います。Kは強い独立心や向上心を持っていますが、友と恋とを失うことになります。

 「私」は「恋は罪悪ですよ」と語るのですが、「恋」によって「友を裏切る」「友を失う」主人公「私」にとっては「恋は罪悪」ですかね?

…みんなで登山

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